Sep 17 2009
∞
“ 無防備な顔は、美しい。リラックスした顔、心を開いた顔、同じ意味だが、それは美しい。何故か。
それは、みんな、心を開いていないからだ。現代においては、みんな、防備しているのだ。
現代は巨大な自意識の時代である。かつてこれほどまで、平凡であること、凡庸であることが、全員から拒否された時代があっただろうか。かつては、どの時代でも一部の人間のみが、自分の凡庸さを嘆いた。大多数の人間は、自分が平凡であることを、何の抵抗もなく受け容れたのだ。殆どの人間が、親の職業を抵抗なく受け継ぎ、抵抗なく子供へと渡した。だが現代は違う。マスコミという巨大な自意識扇動装置は、平凡であること、凡庸であることが、罪悪であると布教する。平凡ではない可能性が、あなたの人生には溢れているのだと語り続ける。自意識とは、自分への関心のことでもある。マスコミは、いや映画も演劇も小説もマンガもそれらすべてが、あなたのあなた自身への関心を煽る。こんな人生もある、こんな生き方もある、こんな行動もある、こんなファッションもある、こんな食べ物もある、こんな仕事もある、こんな恋愛もある。それに較べて、あなたの人生のなんと平凡なことか。
そして、巨大な自意識の時代は生まれた。
それは、みんな、心を開いていないからだ。現代においては、みんな、防備しているのだ。
現代は巨大な自意識の時代である。かつてこれほどまで、平凡であること、凡庸であることが、全員から拒否された時代があっただろうか。かつては、どの時代でも一部の人間のみが、自分の凡庸さを嘆いた。大多数の人間は、自分が平凡であることを、何の抵抗もなく受け容れたのだ。殆どの人間が、親の職業を抵抗なく受け継ぎ、抵抗なく子供へと渡した。だが現代は違う。マスコミという巨大な自意識扇動装置は、平凡であること、凡庸であることが、罪悪であると布教する。平凡ではない可能性が、あなたの人生には溢れているのだと語り続ける。自意識とは、自分への関心のことでもある。マスコミは、いや映画も演劇も小説もマンガもそれらすべてが、あなたのあなた自身への関心を煽る。こんな人生もある、こんな生き方もある、こんな行動もある、こんなファッションもある、こんな食べ物もある、こんな仕事もある、こんな恋愛もある。それに較べて、あなたの人生のなんと平凡なことか。
そして、巨大な自意識の時代は生まれた。
— (鴻上尚史『演劇論入門ーー賢く生きる為の方法論序説』) (via breathnoir) (via drhaniwa)